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10月21日の昼、ブリスベンから飛んでシドニー空港に上陸。荷物をピックアップしていたら「Hi、ハコ」と呼べれて振り返ると、金髪で眼鏡をかけた若者が立っていた。「アー、ユー、カレブ?」。「Yes」。お互いにこやかに微笑みぎゅっと握手。このわたしをオーストラリアに初めて呼んでくれ、東海岸ツアーを組んだプロモーターはこのカレブ K.なのです。彼はキュレーターとして、シドニーの現代美術ギャラリーArtspaceで開催されるTyphoon: performing soundというシリーズ・イベントを企画しています。

Artspaceは先鋭的なアートプログラムや文化コミュニティーで知られ、近年注目を浴びているアートセンターです。話題になった重要な展覧会も多く開かれているとのこと。天井が高くて広々とした白いギャラリースペースがイベントの会場です。Typhoonで2日間すべてのパフォーマンスがここで実施されます。しかし、コンサートホールのようにPAの設備が万全といわけではなく、音も無いのにスピーカーからバズがでていたり、サウンドチェックはすんなりというわけにはいきません。そうこうしているうちに、今夜の出演者でもあるジョイス・ヒンターディングが会場入り。神戸のジーベックで会って以来12年ぶりの再会です。「ハコ!」。感慨ひとしお。彼女はわたしのことをよく覚えていてくれたみたいです。いただいたシーシェル・ヘッドフォンを大切に使っていること、以降の作品についても興味があることをすぐさま伝えました。

7時すぎて開場が始まると、詰め寄せた人々のおしゃべりがこだまする。会場の広さや残響もあるし、ノイズ、ロック、インプロ、デジタルミュージックを含んだこのイベントでは、いくぶん大きめの音量に設定されていた。一番手はジョイスのパフォーマンス。ちょうどフラフープくらいの大きさの黒いアンテナを両手で握って、周辺の電磁波をキャッチしながらの演奏。微妙にうなりが変化していく持続音を聴く作品で、じつにかっこいい。次に、地元ファースト・マウンテン・ダイのフィードバックを使ったバンド・ノイズのインプロ。その後、ロビン・フォックスのサウンドと映像のパフォーマンス。単純な電子音やノッチノイズとその変調に同期したオシロスコープの緑線が白壁に映しだされている。オーディエンスが盛り上がってきました。わたしは、ヴィデオ・カメラの映像を確認し、ステレオ・バグスコープをスタート。ゆっくりとピックアップを両手でつかみ動かす。いつもよりPAの音量が高いので、かなりのハッシュノイズが飛びだす。オペレーターはサウンドチェックの時よりさらにボリュームを上げたようで、今夜のバグスコープは時々エクストリームで爆音が鳴るけど、このままいくしかない。CDRドライブの駆動音を二つのピックアップが大増幅。ピーン。ディスクが焼けて"取り出し"、CDがドライブから飛びだした瞬間、場内から「うお〜!」という歓声が上がる。わたしの口元はわずかにゆるむ。ラップトップを"シャットダウン"して音が終わる。割れるような拍手で「ブラボー!」、カレブは大喜び。「いや、今日のはうるさかったんです」って愚痴ると、「え〜、みんな口々に素晴らしかったって言ってるよ」と彼は小首をかしげながら上機嫌です。きっと場所とシチュエーションなのだ。ここの人々は、わたしがバグスコープで表現したいことの核心を、感覚で見抜いているのではないかと、そんな気がしてきました。
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10月22日、Artspace近くのホテルを朝10時にチェックアウトしてフロントに荷物を預け、せっかくのオーストラリア最終日なのだし周りをすこし観光することにしました。陸橋をとぼとぼと歩いていたら、目の前に見覚えのある赤いトレーナーの後ろ姿が。「JOJOさ〜ん!」と駆け寄った。「あっ、これから美術館に行こうかなと思って、そっちに行きます?」と彼はやさしく言った。JOJO広重さんはTyphoonイベントの2日目の今晩最後に出演します。シドニーにはすでに数日滞在中。そういうわけで、公園の敷地内にあるNSW州立美術館へ彼に案内してもらい、一緒にカフェで世間話をしてくつろぎました。不思議なことです、シドニーで初めてこうしてゆっくりとお話しできるなんて。JOJOさんはとても穏やかに小さな声でしゃべる人。
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午後2時からは、Artspaceでカレブ K.をはじめとする四人のパネラーによるフォーラムが開催されました。メルボルンでお世話になったフィリップ・サマーティスも講師の一人。私の英語力ではすべてを把握するのは不可能ですが、フォーラムの大半はノイズをキーワードにした次世代の芸術についてそれぞれの視点で分析し展望する、という傾向にあったようです。サマーティス教授は「バグスコープのパフォーマンスは、とてもシンプルなことをしているのに、強烈なアプローチを感じる。出てくる音は非常に美しいのだが、ヴィデオ映像との組み合わせでなぜか私は奇妙な気持ちにさせられた。ある種のドキュメンタリーでも観ているように」と語っていました。夕方、近くのカフェでワインを飲みながら皆と雑談。ジョイスは「あなたのパフォーマンスでヴィデオに映った指の動きを見ていると、なぜだか奇妙な生き物のように感じたわ」と言った。「Yes, I know this」とわたしは答えた。残りわずかな時間を仲良くなった人々と過ごせてよかったです。わたしのオーストラリア・ツアーはこうして疾風のよう..。いよいよ夜7時に。タクシーでシドニー空港へと向かう時間がやってきました。すごく濃厚な5日間。各地での理解ある歓迎ぶり、温かなおもてなしが、心にぎゅっとつまっています。
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10月20日の朝、雨がふっていた。晴れると陽差しがきつく日中は暑いけれど、日陰や室内、夜間は急に冷え込みます。オーストラリアはもっと春っぽいのかと思って薄着でいたわたしは、疲れもあってすぐに鼻がぐすぐすいいはじめた。毎朝マデリーンが作ってくれたジンジャー入りのミックスジュースにはほんとうに救われました。

メルボルンからブリスデンへ飛行機で移動。ここでオーガナイズしてくれるローレンス・イングリッシュさんが空港の道路沿いで大きく手を振っていました。彼はエレクトロニクスやフィールドレコーディングの音楽家で、いまオーストラリアで非常に注目されているインディー・レーベルのひとつROOM40を主宰。車で彼の家に向かう途中の風景は、どこかカリフォルニアっぽい。もちろんオーストラリアはサーファーのメッカであるし、椰子の木や建物のかんじもどことなく。そうわたしが言うと、「本当にそうなんだよね。ビーチには近いし、ちょっとした丘まであって地形が似てるんだ」。「でもあなたたちはアメリカンっぽくないよね」。「だって僕たちアメリカ人じゃないもん」(笑)。彼らは日本の文化やアーティストが大好き。「日本までは飛行機で8時間程度。ヨーロッパなら20時間はかかる」。大陸だけど孤島、多分に地理的なものが作用しているようです。他の新しい文化から刺激を得ることを常に若者たちは希求している。彼の家に着いたら、奥さんのレベッカと愛犬が待っていました。「ね、これちょっとしたスーベニールだけど」とローレンスに手渡されたひとかたまりのもの。それはROOM40のリリースCDと彼の作品を選りすぐった10枚でした。

演奏会場に向かう途中、「僕は特異なコウモリが好きでよくフィールドレコーディングするんだけど、その場所を見たい?」とローレンス。「うん、見たい」と応えると、車を停めて雨のなか公園路を入っていきました。「あれ、あそこに!」と指さした方向に目をやれば、なんと木から果物のようにたわわにぶら下がっている黒い物体が。「こんな大きなコウモリいままでに見たことないわ!」。日中は羽を折りたたんで群れで眠っているけれど、羽を広げると体長1mにもなるオオコウモリだったのです。オーストラリア体験の土産話その2でした。

今晩の会場は、Judith Wright Centre of Contemporary Arts。わたしの公演には比較的こじんまりとしたリスニング・ルームのような空間が割り当てられていました。スクリーンやPA機材もいいものが揃っていて、スタッフも手際良く動いてくれます。本日はソロ・コンサートで、前半にステレオ・バグスコープ、後半に歌とラップトップのセットを演奏。ローレンスが自ら作ってくれたポスターも入り口や廊下に貼られていました。タウン誌には写真入りでわたしのインタビューもばっちり載っていたし、広報からすべての段取りを彼ひとりでやりふりしてくれたようです。「今日のチケットはソールドアウトだって!このシリーズ企画はじまって以来だよ」とローレンスは顔をほころばせました。7時きっかりに開場が始まり、座席は順当に埋まっていった。メルボルンより客層が若いように見えました。すごく落ちついた雰囲気でじっと聴いてくれている、シンパシーを感受しました。部屋の特性として音量を押さえたPAでしたが、音自体が非常にクリアだったので、バグスコープも歌モノも細部に渡って響き届いたのではないかと思う。1部、2部と無事終了。ローレンスにも主催者としてまた聴き手として、たいへん喜んでもらえたので何よりです。

公演後、オーストラリアで唯一真夜中でもわいわいしているという、通りを歩く。安くて美味い人気の中華料理屋へ連れて行ってもらいました。とてもキッチュな内装ですが、豆腐のてんぷらやチリ味のチキンをご馳走になり、大満足。ローレンスはアイスティーでわたしはビールで乾杯!その後、車で小さな丘までドライブすることに。山をらせん状に登っていくとほどなく夜景のすばらしいスポットにたどり着きました。なんだかこういうシチュエーションって懐かしさを感じる。「やはりツインピークスみたいかなぁ」と心のなかでつぶやいていました。
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brisben airport.jpg10月17日の夜便で関空を発ち、翌朝7時にブリスベン空港に到着。まずここで入国手続きをせねばなりません。大勢の日本人観光客を含む長蛇の列に並び、入国審査を抜けたら手荷物をベルトコンベヤーからピックアップ。オーストラリアは生態系を保護するため食品の持ち込み禁止物が非常に多い。そのため税関・検閲には神経を使います。もし該当する所持品があればあらかじめ放棄するように、ゴミ箱がどんと設置されている。まあわたしの鞄の中身には、ビタミン剤やのど飴くらいしか口に入れるものはなかったので、とくに申告するものはなさそう。で、軽くクリアできました。そしてまた、目的地メルボルンに向かうため国内線のチェックインをして、空港ターミナルまで連絡する電車に乗り込みます。ブリスベンに降りたってからもう2時間弱も経っていた。メルボルン行きの便を一本遅らせて予約したのは大正解でした。ほっ。

メルボルン空港では、2日間お世話になるフィリップ・サマーティス教授の奥さん、マデリーンが車で出迎えてくれました。本職はフィットネス・ジムのトレーナーだそうで快活で頼もしい女性です。フィリップはテープミュージックやアナログシンセから始まりサウンドアートの分野で教鞭をとっている電子音楽家。作品からはシリアスなイメージがあったのですが、会ってみるととても気さくで暖かい人柄でした。ラジオ・インタビューはキャンセルになったとのことで、今日はオフ。サマーティス宅で夕食後「せっかくオーストラリアに来たんだから動物を見なくちゃ」とマデリーンが言い出しました。そんなわけで、夜の公園に3人で出かけることに。いくつもの木から下りてきて2足立ちになっているポッサムを発見!灰色の毛に大きなしっぽの小型有袋類で猫ぐらいの体長。やはり夜行性。パンをちぎって手を差しのべると、近くまで寄ってきて、まず口でキャッチし、リスみたいに両手でつかんで食べ始めます。目がくりくり丸くてとてもかわいらしい仕草をする。ポッサムは食いしん坊のよう。オーストラリア体験の土産話その1でした。

10月19日、昼11時にウエスト・スペース・ギャラリーに楽器機材を搬入。ギグの企画からPAの調達までぜんぶフィリップが手配してくださったようです。このギャラリーでは中村としまるさんなどJapaインプロ系のミュージシャンがこれまでに公演し、昨年は角田俊也さんが招かれ個展をされています。「こちらがPAを設置する間に市内見物でもしてきたらどう、今晩のコンサートのことは心配なしさ」とフィリップ。わたしはお言葉に甘えて、街なかをぶらつくことにしました。メルボルンは英国ビクトリア様式の建物も残るなか、モダンな建築物もごちゃまぜの街並みがおもしろい。そして多国から集まってきた学生がたむろしている。市内には美術館やギャラリーもあちこちに有り、入場無料のところが多いそうです。学生を始め市民や観光客にとってもオープンで恵まれた環境がある。ツーリスト・インフォメーションの角隣にある映像アート・センターACMIにさっそくわたしは足をはこびました。話題になっているWhite Noiseという国際ヴィジュアルアート展を観るために。日本からは池田亮二氏や木本圭子氏も出展。聞くところに寄ると、このインスタレーションに賛否両論あるようだけれど、わたしは観光気分で十分楽しめました。多少は物足りない部分もありましたが、木本作品などは前々からマイ・フェイバリットだったし、インターネットのオンラインで直接いじれるプログラムの作品群もあって、そこでけっこう時間を費やしました。

さて、再びウエスト・スペース・ギャラリーに3時に戻り、サウンドとヴィデオ・カメラの映像フレームを入念にチェックし終えました。開演の7時前になると、どやどやっと人々が集まってきた。「小さなギャラリースペースだけど、ここまで客が入ったことは今までにないよ、記録だ」とフィリップは嬉しい驚きの表情。「Microphonics concert_01」と題されたこのイベントの始まり。若手チェロ奏者のアンシア・キャディーが壁を隔てて、わずかな擦音や打音を中心に鳴らし、壁の向こうのフィリップ・サマーティスがアナログシンセを含むエレクトロニクスでコラボレーション。非常に繊細で耳がとぎすまされるような演奏。またお客さんが静まりかえって集中力がすごいと感じる。次に、Candlesnufferのサイド・ギターにミュージックコンクレートのソロ。これまた質の高い微妙な即興でオーディエンスを惹きつけます。わたしはだんだんと緊張してきた。白い台に置かれたラップトップ、ギャラリーの白壁にカメラでねらった映像が映しだされる。ステレオ・バグスコープの"起動"。最初にピックアップをつかむ時、手がふるえているのに気がつきました。人々の熱い視線が注がれている。だんだんと進めていくうち緊張もほぐれてクールな気分になり、無事、"終了"。満場の観客やフィリップを始め共演者から大拍手をいただきました。アートプロデューサーのジェイン・ハイドソンさんも見に来てくれて、すっかりご満悦。オーストラリアでの初公演が盛況で、さいさきに良いものを感じました。
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10月18日〜22日まで、オーストラリアの東海岸ツアーです。メルボルン、ブリスベン、シドニーで公演します。シドニーでは現代美術センター"Artspace"のイベント、Typhoon: performing soundに出演。日本からはわたしともう一人、非常階段とアルケミー・レコード主宰のJOJO広重さんがソロで演奏します。このシリーズは、ノイズ、ロック、即興、デジタルミュージックを通して、それぞれの視点で実験性のあるパフォーマンスを紹介していこうという企画です。

それはそうと、21日のプログラムにシドニーを代表するサウンドアーティスト、ジョイス・ヒンターディングの名前が並んでいるで、驚喜しました。彼女の作品に触れたのは、1993年に神戸のジーベックで開催された展覧会「オーストラリア・サウンドアートの子午線」です。当時は、期待の若手アーティストとして派遣された彼女ですが、レクチャーでも日常をとりまく自然物理の現象、プラズマ電離や天候や電磁波の変化をとらえて提示する作品を明晰に紹介してくれました。そして、webの情報によると、現在は巨大なアンテナ彫刻を制作し、空気中に飛び交う電磁波を拾ったり、サウンド・プロセッシングするインスタレーションを世界をまたにかけて展開中。写真を見る限り、ずいぶん美しいアンテナ・ワークを大規模に展開しているようです。わたしは12年前にジーベックの現場で働いていたので、ジョイスの展示作業を手伝うことができ、彼女が気前よく作品"Sea Shell Headphones"をプレゼントしてくださったのです(写真参照)。
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これは、いわゆる貝殻効果をねらったものです。ようは、ヘッドフォンを装着すると両耳にほんものの貝殻がおしあてられ、不思議にフィルターのかかった音に聴こえる。電気はいっさい通じていませんのでとてもシンプルです。そしてこの貝殻はほんとうにオーストラリアの海岸でジョイス自身が拾ってきたものだそうです。これを装着すると誰でもかわいらしく見えるのもポイント。当時、Remoというメーカーから限定で商品化されました。この"シーシェル・ヘッドフォン"は本人のサイン入りで、うちの宝物です。またときどき、子ども向けのサウンドワークショップなどでも使わせてもらっています。というわけで、そんな敬愛するジョイス・ヒンターディングに再会できるのがことのほか楽しみなのです。
V8010062.JPGパリからTGVで約3時間半、南フランスのモンペリエに到着したのは、6月19日の昼。からっとした陽差しをあびてタンクトップ姿がよく似合う。地中海から吹いてくるさわやかな風。モンペリエは旧市街も見どころですが、学生の街でもあり、おしゃれなブティックやレストランもいっぱい。

「モンペリエ・ダンス」は6月23日~7月5日、14ヶ所の会場で開催される大規模なフェスティバル(http://www.montpellierdanse.com)。宣伝のポスターや、路上に吊されたカラフルな旗が、街中のいたるところで目に入ります。わたしの演奏参加するクラウディア・トリオッジの作品「Opera's Shadow」は、23日と24日。プログラムには、マース・カニンガムや勅使河原三郎といった大物ダンス・カンパニーの公演も入っています!

「Opera's Shadow」の仕込みを開始。ヴァレンシェンヌから運ばれてきた巨大な木のフレームがスタッフによって段取りよく組み立てられました。会場のスタジオBagouetは、古い由緒ある建物の中を改造し、オフィス、ライブラリーなどを含んだダンスのための国立施設Les Ursulines内に有ります。アーチ状になった乳白色の内壁に囲まれたサロンでは、コンピューターも3台置かれインターネット環境も抜群。

さて、本番です。もう何度も通しリハをしました。スクリーンの背後で演奏するので、わたしたちの影が客席から見えてはいけません。そのためいつも真っ暗闇の中での作業を強いられます。ほんとうにここ3週間はモグラにでもなった気分。23日のプリミア公演は無事成功!フレームに描かれる照明のイメージと音楽が終了した途端、客席から暖かい拍手がわきました。24日の公演を終えたら、わたしは翌朝にモンペリエを発ち、大阪へ戻ります。ヴァレンシェンヌーパリーモンペリエで出会ったアーティストや友人たちとの楽しかったり、時に挫折を感じたりした思い出を胸にしながら。

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振付師クラウディア・トリオッジが挑む新作「Opera's Shadow」は、ダンス=身体の概念から大きくはみ出したものです。まず驚いたのは、初日に組み立てられた巨大な木製のフレーム。約横7.5mX縦4.8mにおよぶ長方形の枠にスクリーンが張られ、そこに照明の色と影だけで幾何学的なパターンを描くのです。クラウディア(ヴォイス、オブジェ)、ミッシェル(エレクトロニクス)、Haco(エレクトロニクス)の3人は、スクリーンの背後で演奏するので、観客からは姿かたちも見えないという設定です。彼女の斬新な発想とスケールのでかさには、ひとまず感心。


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ところが、数ヶ月前から構築したというミッシェルとクラウディアの音楽は、思ったほど本人たちが気に入っていない様子。しかもすでに作りこみすぎていて、わたしの入る隙もなし。とりあえず、クラウディアとわたしはデュオで即興してみたら、かなりおもしろい録音ができたので、フリーの部分を作って楽章を挟み込むことになりました。わたしはここに来てから、毎日ラップトップでサウンド・プログラミングの作業。演奏しては、聞き直し、構成を再考する、という忍耐のいる作業が、連日くり返されました。フランス語とイタリア語の声のテキストもまだ流動的で、映像のイメージにいたるまで監修しなければならないクラウディアの頭は、かなり混乱ぎみ。

6月11日の土曜日、エスペース・パゾリーニのディレクターやスタッフに加え、彼らの友人や恋人たちを集めて「Opera's Shadow」の先行お披露目会が行われました。これはスポンサーやオーディエンスとして、客観的な評価とアドバイスをしてもらうためです。わたしたちとしては、とりあえず体裁はととのえたものの、まだまだという感じ。

作品の構成はあらかた決まってきたので、わたしたちは冷静にひとつひとつの内容や流れを見直し、磨いていく作業にとりかかりました。そして、ヴァレンシェンヌでのモンタージュ(制作リハ)が最後日に近づくころには、ついに満足のいくものが出来あがってきました。クラウディアの本作への情熱を支える、ほんとうにいい音響と映像のチームに成ってきたんだと思います。

イタリアの映画監督パゾリーニにちなんで名づけられたというダンス制作スタジオ「エスペース・パゾリーニ」(http://www.espace-pasolini.asso.fr)。明日は皆ここを去り、パリで2日ほどの休暇をとります。
5 月31日、オスロからパリへ飛んで、振付師のクラウディア・トリオッジに再会しました。
彼女とは、昨年末に京都のヴィラ九条山(関西日仏交流会館)で初めて即興デュオをし、それがきっかけで、今回のプロジェクトに招聘されることになりました。わたしは3週間あまりフランスに滞在し、クラウディアの新しい舞台作品のために一人の音楽家として参加します。

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翌日、パリから北西フランスの都市ヴァレンシェンヌへと、列車に揺られること1時間半。
この街の「エスペース・パゾリーニ」というダンス制作スタジオにたどり着きました。モンペリエの舞台のための準備を始めるためです。クラウディアの活動領域はダンスの分野ですが、本作では彼女が踊るわけではありません。今回は、彼女自身の声を使った音楽表現と舞台装置がメインになります。新作を一緒に創りあげるのは、もう一人の作曲家ミッシェル・ギイエ、音響を担当するイヴ・コメリオ、照明オペレーターのオフェリアン・ドゥ・フュルサック。すっごく愉快な人たちです。(わたしの携帯のデジカメ・モードで記念撮影)。

ヴァレンシェンヌの6月はとても涼しくて、曇りがちの日々。今日は久々に太陽の下で昼食をとりました。毎日のお昼ごはんはエスペース・パゾリーニのスタッフからまかなわれます。アーティストたちが思う存分に作品を制作できる、すばらしい環境がととのっているのです。

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V8010043.JPGベルゲンからオスロまでは飛行機で1時間弱、ちょうど大阪ー東京間というかんじです。でも列車で移動すると7~8時間もかかってしまうそうです。オスロの中央駅まで来ると、さすがにここは都会の匂い。人々のふるまいや、空気のにごりや、建物の景観なんかがです。5月31日にはオスロでソロ・コンサートをしました。Lars Myrvollという若手ラップットップ奏者が対バンです。会場は専門学校(カレッジ)の中にあるこじんまりしたシネマ・スペースChateu Neuf。複数の音楽家やエンジニアのチームが企画している自主イベントに、今回招かれました。まずはサウンドチェック。ここはサラウンドのシネマ音響が常備されているけれど、コンサート向きではないので低音スピーカーをわざわざ用意してくれたようです。スタッフは皆とても誠意があって、いいかげんなことは許されないようです。そして本番前に、この建物内に学生ラジオ局があるので、今晩のショーの宣伝兼ねて番組に出演してくれないか?と突然のオファー。わたしは疲れもたまってきていたので内心ヘコみましたが、ディスクジョッキーの人がすごくわたしの音楽に興味をもってくれて「ショーもぜひ見に行くよ」とのこと。だんだんと気分は高揚してきました。

さて本番。わたしはオスロでも二種類のパフォーマンスをすることにしました。
まず始めに「Stereo Bugscope」で、ラップトップ内部の電磁ノイズや発振音を2つのインダクティヴ・ピックアップを使って抽出するパフォーマンス。ビデオ・カメラでコンピューターのモニター画面と演奏者(わたし)の手元をねらい、リアルタイムでスクリーンに映し出されます。(資料参照: http://www.japanimprov.com/haco/hacoj/soundart/) 一部が終了すると「うお~」という声が会場からあがり、大半は若いオーディエンスに共感を呼んだようです。休憩をはさみ、二部では歌とラップトップのコンサート。このシステムにもだんだんと慣れてきて、歌いかたにもエレクトロニクスの操作にも余裕が生まれてきました。手応えのある瞬間です。コンサート終了後、持ってきた数種類のCDはまたたくまに売り切れてしまいました。

その夜には、港に停泊している船を改造したホテルに泊まりました。中央駅から歩いてすぐなので空港までのアクセスも抜群ということで、スタッフが手配してくれたんです。ノルウェイの5日間の旅は終わりました。ここではみんな驚くほど流暢な英語を話します。それでもノルウェイ語のヒップホップもあるそうなので、こんど聞いてみたいです。

V8010031.JPGフェスティバルTrollofonは、バスツアー・ライヴと並行して、夜にはクラブ・イベントも開催。
現代美術館「Landmark」の一角にあるモダンな内装のカフェ・スペースPilotaにて、2日間のプログラム。5月27日は前述のヤープ・ブロンクのヴォイス・ソロ、Next Lifeというオスロのデジコア系のデュオ。ヤープは普段はとてももの静かな紳士ですが、ステージに立つとすごくコミカルな表情も見せます。Dr.ブロンクの驚異的なヴォイス・テクニックで構築されたパフォーマンスに、観客は感にいったり、腹をかかえて笑ったり。


28日にはライオネル・マルケッティのエレクトロ・アコースティック演奏とYokoさんの即興ダンスで幽玄の世界。ジョン・ヘグレのノイズギター・ソロ。ここでHacoは歌とラップトップのソロを披露。フェリックス・クビンのジャーマン・テクノポップでダンス、という非常にバラエティーにとんだ組み合わせ。リラックスした会場の雰囲気もあってとても楽しめました。わたしは連日の睡眠不足がたたって声はやや本調子じゃなかったものの、スタッフの細やかな心づかいやこのフェスティバルを見に来る熱心なオーディエンスに助けられました。何より、キュレーターのエスペンと茶目っ気ある司会者ニコラスに喜んでもらえたのが嬉しい。今回のために、歌モノのエレクトロニクス・システムを一新し、サウンド素材をラップトップに移しかえて、曲のアレンジもリニュアルしてきたんです。うまくシステムが働いてひとまず安心。


V8010032.JPG最後にTrollofonの中心人物、エスペンのことを紹介します。ラップトップ・ミュージシャンで、Phonophani名義のソロと、グループAlogで活躍。彼らのCDをリリースしているRunnegrammofonは、エレクトロニクス・ミュージックと北欧っぽいハイセンスなデザイン・パッケージで、いまヨーロッパでもっとも注目されているレーベルの一つ。日本でのライセンスもサインしたばかりとのこと。エスペンやこのレーベルのアーティストが来日するのもそう遅くはないはず。
日本から旅立ってはや10日あまりが過ぎました。
大阪→パリ経由→オスロ(エアポート・ホテル泊)→ベルゲン公演→オスロ公演→パリ(一泊)→ヴァレンシェンヌと移動が続き、かなりハードな前半戦でしたが、無事にクリアできたので今ほっとしているところです。

ノルウェイでのソロ公演はほんとうにすばらしい思い出になりました。オスロ-ベルゲン間を飛行機で移動中、空から眺めた風景は、まるでおとぎの国のような神秘的な雰囲気。ベルゲンは7つの山に囲まれた風光明媚な街で、霧雨が多く初夏はまだ肌寒い。路面をのんびりと走るトロリーバスは街のシンボル。このフェスティバルはまさにTrollofon(電気バス)の中で演奏するのが一つのコンセプトになっているのです。27日はこのわたしHacoによるBugscopeシステムを使ったライヴ・インスタレーション、28日はオランダからJaap Blonk(ヴォイス)、29日にオスロのJohn Hegre(ギター)、リヨンからLionel Marchetti(エレクトロニクス)とYoko(ヴォイス)による即興演奏が繰り広げられました。今回わたしは、Bugscopeのパフォーマンスのために4つのインダクティヴ・ピックアップ(誘導性マイクロフォン)を持ち込みました。ベルゲンに到着してすぐに、バス内の電気機器から発する電磁波の検出作業に入りました。バスの運転手にエンジンを駆動してもらいわずかに試験運行。そして「あーここ!」といういくつかのサウンド・スポットを見つけることが出来たので、オーガナイザーのエスペンとしばし悦にいりました。そして本番。スタート・ポイントとなるのは街の真ん中からほぼ近いフィッシュマーケット。多くの若い人々がバスツアー・コンサートのチケットを買うために集まってきました。

Trollofon_bus.JPG停車したバス内の3つのスピーカーからは、ブーンというノイズのうねりがすでに漂うなか、どやどやとオーディエンスは乗り込み、バスは座席数をはるかに超え立ち乗り満員となりました。6時出発進行!バスの天井、床の電気ブレーキ、運転席の横、電気ケーブルの4つのポイントに取り付けられたピックアップが拾った音。ヒーーン、ブッポ、ポッポ、グワゴーイーン、ビ、ビ、シャー、などと奇妙でダダイスティックな音がミキサーに入って、わたしはそれらを最小限にオペレートすることにしました。乗り合わせた観客は窓の外の風景が移り変わっていくのや、路上で歩く人々の「なーに、このへんな音?バス?」という表情や手を振ったりする様子までも45分間のライヴで体験することができるのです。

とびっきりのサウンド・ジャーニー、これは企画の勝利ですね。翌日の地元新聞のフロント・ページ全面にこの模様が報道されました(写真参照)。地元の話題を呼び、連日バスは大入り満員で、ライヴ・トロリーバス「スプートニック」は大人気となったのです。
HACO
歌手作曲家、プロデューサー、サウンドアーティストとして精力的に活動中。
元アフターディナー、ホアヒオ、ヴューマスターズ(現音採集観察学会)を主宰。
隔月刊ニュースレター配信中。

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